代筆と偽造のあいだで

代筆と偽造はどう違うのか?
いや、全く別物ですけど!

代筆とは

 

代筆
本人に代わって書くこと

  • 本人が、
  • 書類作成について同意していて、かつ
  • 自分名義の署名(必要なら押印まで)を
  • 代理人がすることに同意している
  • 違法性はない(そのことによって処罰されない)

たとえば、本人の同意のもとに、
売買契約書に本人の名前を署名するのは
単なる 代筆です

偽造ではありません。

 

 

代筆はこんなときに

 

よくあるのが、不動産の売買を誰か
(家族・仲介業者・友人)に全面的に依頼したときに行われるものです。

そのようなときは、
全権委任状
「売買に関する全ての件(契約締結・引渡・代金受領・登記等の、売買に関連する一切の事項)は〇〇に委任する」
というようなものを作成することがありますが
せめてその委任状は本人自筆であったほうがいいです。

 

問題なのは、
本人の署名ではないときに、
それが本人の意思に基づく代筆だったか、
第三者による偽造だったのかを証明するのが難しいことがある、ということです。

 

怪我しているとか、起き上がれないなどの
事情があるときは、
将来、その代筆が問題になったときに備えて
何らかの策を講じておく必要があるかもしれないです。(録音、録画を検討するなど)

 

不動産の決済時に、本人は出席しているのに
字を書くのが苦手(!)または
手を痛めている等の理由で、誰かが代筆をすることがありますが、
そのようなときは、特にそれが問題だとは思いません。

  • 本人がそこに存在していて、
  • 本人に売却の意思があって、
  • 本人の意向で第三者が代筆をすることにはどこにも全く問題はありません。

 

ただ、将来的に、その署名が問題となって、

「この人がこんな安いお金でこの土地を売るわけがない、絶対に騙されていたはず、代筆ではなくて、偽造ではないのか、」

訴えを提起されたときは、さて、どうすればいいでしょうか

 

訴えられたら

 

このような場合を予め想定して、
本人の自書以外の署名を認めない司法書士も当然います。

代筆絶対だめ、ということです。

このような司法書士は、対面以外の決済をしません。
当然ながら、対面しない限り本人が署名したかどうかわからないからです。

これは、確かに執務姿勢として立派であるとは思います

ただ、このような解釈は、
求められている責任の範囲としては厳しすぎるのでは?ちょっと違うのでは?と思っているので、
特段の合理的な理由もなしに、ここまできびしく本人署名を求めることはしません

将来、裁判を起こされたとして、
証人として呼び出された場合には
決済に立ち会った私としては
上記理由を挙げて、

偽造ではなく、単に代筆に過ぎないことを主張します。

事実をそのまま語るわけですから淡々と主張するだけですが、これが、裁判官に受け入れてもらえるかどうかは、実際の所、やってみないとわかりません。

裁判官も人間なので、当日の体調や気分が判断を左右しないとも限らないので、どうなることかは未知数です。

これでもしも負けたとしたら、証人である私の証言が容れられなかったということなので謝るしかないですけど。いや、絶対負けないと思いますが。

 

自署さえすればいいのか

 

銀行などでは、絶対どうしても本人に書かせるべき、という命があるらしく、
書けない本人に無理矢理でも自署させるのが主流です

署名する現場を見たことはないですが、
どう考えても、ペンを持つ力のない人が弱々しいか細い筆跡で判読も困難(こちらは本人の氏名が書かれていると思って読んでいるので辛うじて読める)な署名を残しているのを見ると、
何のための本人自署なのかとため息が出ます

ですが、

銀行員立ち会いのもとに本人が書いているので(自宅または入院先で署名している)
少なくとも偽造ではないことはわかります。裁判ではこの部分は問題なく主張は認められると思います

さて、その次。

このような筆跡しか残せなかった本人に
果たして売却(または多額の金銭の借入れ等々)を可能とするような意思能力があったのかどうか、という問題に行き着きます

これもまた裁判所の判断次第ということになりますが。

 

偽造とは

 

  • 偽造は勝手に作ること
  • 本人はタッチしていない
  • 本人の知らないところで、作成者が勝手に署名(押印)をする
  • 偽造は代筆と異なり刑法上の犯罪です

 

本人が同意していないのに、たとえば、
売買契約書に第三者が本人の名前で署名するとか、
委任状を本人の署名を勝手に書いて押印するなどは、
これに該当します

 

(私文書偽造等)
刑法159条  行使の目的で、他人の印章もしくは署名を使用して権利、義務もしくは事実証明に関する文書・図画を偽造(中略)した者は、3月以上5年以下の懲役に処する

2 他人が押印署名した文書・図画を変造した者も、前項と同様とする

 

筆跡が問題になることは通常考えられない

 

署名がされて、捺印があれば、
通常、私達は、
本人が書いたか、または本人の同意のもとに
第三者が代筆したのかいずれかだと判断します

 

一足飛びに偽造か?という発想になるとしたら、それはすでにそこに犯罪の下地があったということなのかもしれません

つまり、

内容がどう考えてもお・か・し・い・ときです。

たとえば、

絶対に手放さないと言っていた土地を市場価格よりかなり安い価格で聞いたことのない会社に売却した(ことになっている)、とか。

知らない人と婚姻届を出した(ことになっている)など。

 

自筆遺言は?

 

これって本人の筆跡ではないのでは?

これが一番問題になるのは、自筆遺言書ではないでしょうか

自筆遺言というくらいなので、
本人の自筆であることがこの遺言の要件です

これは、代筆は許されません。

しかしながら、問題になるとしたら問題にする人(問題にすることによって利益を得る人)がいる場合だけです

ときどき、こんなによれよれの字であとで誰かに疑われないかしら?と心配する人がいますが、
本人が書いている限り、そんな心配は無用です

書いてある内容が読めないのは問題ですが、
暗号とか。読める人が読めばいい、と考えるのは勝手ですが、暗号またはそれに準ずる方法で遺言を書き残すことは法律の想定外だと思います。執行するのが困難なため。手に力が入らないからかすれた弱々しい字であったとしても、本人の自書である限り問題はありません。
そこで「見るに見かねて私が代筆しました」というのは、気持ちはわかりますが論外です

 

「じゃあ、字の書けない人は遺言できないのですか」と、聞かれます。

その場合は、仕方ないですが
自筆遺言は諦めてください

その代わり、

公証役場の予約をとりましょう
公証人に遺言書を作成してもらうことができます

もちろん費用はそれなりにかかりますが
自筆遺言書を代筆(!)して将来泣きを見るよりも、賢い選択だと思います

 

まとめると、

 

1 代筆は犯罪ではない

しかし、裁判になる恐れがあるときは後日の証として何らかの書証となるべきものを作成するなど、保身のため、若干の考慮が必要かもしれません

2 偽造は犯罪である

 

3 微妙なこともある

 

かつての不動産登記は、本人の意思確認がそれほど重要視されていなかったようで、白紙委任状に司法書士が内容を書き込んでそのまま本人意思の確認もしないで、登記をしてしまうということが日常茶飯事だったという話もあります

 

ひょっとしたら白紙委任状を交付した時点で委任者は全てを委任したという意思を表示したのかもしれません (その頃、あとで司法書士から確認の連絡があると思って白紙委任状を渡した人はいなかったと思います)

ただ、ほとんどの場合は、仲介者(白紙委任状をやり取りしている人)を信用してのことということでしょうか。
司法書士の方もその仲介者を信用してその意思のままに(委任者の意思ではなく)委任状を作成したのではないか、と思われます

なので、微妙ですが、
これを補完した司法書士は、本人というより
その仲介者の意思に基づいて代筆したということになります。

しかしこれは、仲介者が本人を代理していることが大前提となっているので、言うまでもないことですがそのあたりに万全の注意を払っていたのかと思われます。

 

たとえば、

「あそこの角地が〇〇円で売れたから委任状書いてよ、あした司法書士に届けるから」
と仲介に言われれば、売主はその仲介さんがいつも持ち歩いている白紙の委任状に書名捺印して印鑑証明書と権利証をつけて渡すだけです。

それだけで、数日か数週間の後に、
仲介者が決済金〇〇円を持参して
これで一件落着。   というのが望ましい当時のスタイルだったらしいです。
まあ、もっときちんとした決済のほうが当然大多数を占めていたとは思いますが。

ところでちなみに、
未だにこの簡単な売買モデルを期待している高齢の地主さんは多いです

司法書士(私)が意思確認をさせてくれ、などと言うとまるで私がとんでもないイケナイことでも言ったかのようにびっくりされることがあります

 

勝手なこちらの都合ですけど、
売主さんは(買主さんも)
頭だけではなく体調もよく、できれば
機嫌もよい状態で

決済に立ち会ってくださるのが、
ベストと思います。

 

よい決済ができますように。